ごめんねからありがとう

私は予定がないと一日中、食べて本を読んで眠ってをエンドレスで続けてしまいます。

一日どころか何日間も人と話さなくても全く苦になりません。

ところが猫たちと暮らしていると、掃除をして(トイレだけでも10ヶ所以上ある)洗濯して買い物してご飯を一日何回か作ってブラッシングやマッサージをしてフードやケア用品を注文して・・・と、ありがたいことになんやかんやとやることがあります。

そんな生活が12年以上続いていますが、猫さんに関わる朝晩のルーティンの一つに、「旅立った猫たちに手を合わせて挨拶する」というものがあります。

悲しいことですが、年を追うごとに手を合わせる時間が長くなっています。

動物と暮らすということは、その中に死も含まれています。

私は初めて猫が旅立ったとき、よく心に穴があくと表現されますが、本当に穴があくんだと思いました。

本当にぽっかりと大きな穴があくんです。

そして私の場合は、全身筋肉痛みたいな状態になります。

身体が痛くて重くて、鉛をぶら下げて歩いているようです。

それから深い悲しみと後悔の念にさいなまれます。

最近は少し変わってきましたが、悲しいことに変わりありません。

かけがえのないものや人を失ったときに起こる心や身体の変化をグリーフ(悲嘆反応)と呼びますが、グリーフという言葉の語源は、引き裂かれてバラバラになるという意味だそうです。

朝晩、旅立った猫たちに手を合わせるという行為は、その引き裂かれてバラバラになった心と身体を再統合するのに大きな役割を果たしているように感じます。

私は大きな悲しみに直面したとき、誰かにそのことを話すことはまずありません。

話すとしても、悲しみの大波を乗り越え、少し気持ちが落ち着いてからです。

良くも悪くも、そのような性格なのだと思います。

信頼できる人に話すことで気持ちを整理し心が軽くなる方もおられると思いますが、私は毎日手を合わせることとバッチフラワーエッセンスを服用することがペットロスを乗り越える大きな助けになりました。

最初は「ごめんね」の繰り返しですが、そのうち「ありがとう」に変わってきます。

「ありがとう」に変わる時間は、亡くなった動物の年齢や看取りのプロセスや亡くなった原因によっても変わり、何年も「ごめんね」が消えない場合もあります。

私の経験では、私自身が幸せで穏やかに猫と過ごした時間が長ければ長いほど、「ごめんね」の期間が短いです。

反対に、様々な悩みや不安を抱えながら暗い顔をして猫と過ごした時間が長ければ長いほど、「ごめんね」の期間が長くなります。

結局、私たち自身が幸せでいることが、パートナーである動物たちの幸せに繋がるのだと思います。

生きていると心を痛めることが度々起こり、こぼれる涙をやさしく舐めてくれる猫たちに慰められる日もありますが、いつまでもマイナスの感情に取り込まれたままで必要以上に悩んだり憂いたりすることなく、出来るかぎり動物たちと笑顔で心穏やかな時間を一分一秒でも長く過ごせたらいいですね。